生粋の体育会女子がニュージーランドに住む話

生粋の体育会系女子がニュージーランドに住む話

20歳までスポーツしかしてこなかったド体育会系女子がニュージーランドに渡り視野を広げる話。

生粋の体育会系女子が

ニュージーランドに住む話

〜どうせ国際恋愛とかもしちゃってんでしょ〜

そうして私はカワイイを卒業した

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こんにちは!ニュージーランドでパーソナルトレーナーをしているMikikoです。

 

最近、髪をバッサリ切ってイメチェンをしました。

 

美容師さんオススメのコテも購入して、朝から髪を巻くようになり自分の気分もるんるんだし、周囲からも「ショート似合う!」とかなり好評。

あんまり好評なもんで「今までの私はなんだったんだ...」と思ってしまうほどです(笑)

 

さて、そんな私が今回は話すのは自分の理想の姿に関してです。

 

▼噛み合わない歯車

私は昔から運動神経が取り柄で、剣道やスポーツをずっとやっていて、全国大会に行ったり週末も試合や練習だったりで、生粋のスポーツ少女でした。

 

髪の毛がベリーショートだったバスケ部時代もあるし、テニスしてた頃は真っ黒な肌で化粧もほぼしなかった。いわゆる女の子にモテる系の女の子。名前だけ「子」がついてて女の子なのね。

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学年に一人はこういう子いませんでしたか。私です。

 

家族も友人もずっとスポーティーでボーイッシュでカッコイイ私を見てきたわけです。

 

私はそれでいいと思ってると、そう思ってた。

でも、きっと心のどこかで私は「可愛くなりたい」と思っていたんだろうなあ。

高校かなあ、大学かなあ、なりたい自分と今の自分が噛み合わなくなってきました。

 

小柄で、色白で、細くて、か弱くて、フワフワした雰囲気の女の子を見るたびなんだか羨ましかった。

 

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だから可愛いと言われるとやたらと嬉しかった。

 

私は可愛いタイプの人間ではないから。

 

だって私は、
スポーツ万能で
色黒で
肩幅広すぎて洋服入らないし
競走馬の足と言われていたし
握力は高校女子で1番だったし
骨密度はグラフはみ出るし
性格は強いし
そもそも
モデル顔じゃないのです。

 

世間が思う私の姿と、世間が思う理想的な女性像と、自分が思う理想的な自分の姿が全然マッチしていなかった。

  

噛み合わない歯車を回そうとするほど私は自信をなくしていきました。

どれだけ頑張っても理想に近づけなかった。

 

そりゃそうです。

ジャーマンシェパードとして生まれてきたのに、トイプードルになろうとしてたようなもんだもの。

土台と理想が合ってなかったんだよ。

これに気づくのに何年かかったか。

 

20歳から海外に出るようになってからようやく気づいた。

 

可愛くならなくてもいいんだ。

可愛いだけが正義ではないんだ。

 

▼土台と理想を合わせる

自分の気持ちが一番輝く姿になればいい。

 

凛としていてカッコイイのも良し。
筋肉がついててヘルシーなのも良し。
力強いオーラで惹きつけるのも良し。
エレガントで品のある感じも良し。

 

それから私らしい女性像というか、私が一番輝く私の姿って何かなあと考えるようになりました。

 

間違いなく、小柄でフワフワしていて可愛いタイプではなかった。

 

可愛いよりカッコイイの方が合っているよなきっと、と思った。

 

そこから、「クールにかっこよくなりたいのかなあ」とか「強めにかっこよくなりたいのかなあ」とか「スタイリッシュにかっこよくなりたいのかなあ」とか探るようになりました。

 

そしたらさ、前はかっこいいって言われても「そうなりたいんじゃないんだけどさあ、でもありがと」みたいに思ってたんだけど、素直に褒め言葉として嬉しいと思うようになったんですよね。

 

自分の中で意識が劇的に変わった。

 

日本で世間が求める女性像に縛られていた私は、少しずつ土台と理想をパズルのようにハメられることが増えてきました。

 

パチッ、パチッ、と、ズレていてハマらなかったものたちが時間をかけて修復されていく感じ。

これもできた、あれもできた、これだとシックリきた、あれだとちょっと違った。

自分の心に穴があくんじゃないかという程、真正面から向き合って、自分を見つめ直したんです。

 

そしたら以前より自分に自信がついた。

自信がついたら楽しくなった。

 

 ▼まだ探っている

そうやって自分の新しい側面を見つけている日々ですが、今でもたまに道を踏み外すことはあります。

 

例えば、今回髪をバッサリ切って気づいたのは、アジア人の黒髪ストレートは良いという考えに縛られていたこと。そして、髪を伸ばせば女性らしさが出ると思っていたこと。

 

胸まであった髪、あれほど伸ばすことはしばらくないかもなあ。

 

ステレオタイプに縛られて自分に合ってないことを目指すのは、カワイイに限らずいろんな方面にあるようです。

 

社会が求める理想像に惑わされないように、自分に嘘をつかないように、自分がキラキラする自分を見つけるって大変なんですね。

でも、今すごく清々しいよ私は。