生粋の体育会女子がニュージーランドに住む話

生粋の体育会系女子がニュージーランドに住む話

20歳までスポーツしかしてこなかったド体育会系女子がニュージーランドに渡り視野を広げる話。

生粋の体育会系女子が

ニュージーランドに住む話

〜どうせ国際恋愛とかもしちゃってんでしょ〜

28歳独身女、人生観を語る【結婚・仕事・友人・お金・将来】

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こんにちは、コロナでロックダウン中のニュージーランドでパーソナルトレーナーをしているMikikoです。

 

今日は、28歳になった私の中でしっかりと芯が立ってきた価値観について赤裸々に話したいと思います。

 

一昨日でニュージーランドに移り住んで丸3年経ち、考えが変わったところが山ほどあります。たくさん話したいのですが、今日は結婚・仕事・お金・友人・将来なんてトピックについて。

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(コロナ騒動のこともあり、仕事に私生活に追われている間に3月が終わってしまいました。走り回って本当に大変で、ロックダウンになった日は海の底に沈んだ沈没船のようにくたばっていました。一息ついてやっとこさブログが書けましたー!)

 

結婚

結婚はしなくてもいいと思うようになりました。

したくない、ではなく、してもしなくてもいい。

 

私の「結婚しなくていい」の真意は、彼氏ができても別に結婚を視野に入れることなくパートナーとしてずっと一緒にいたっていいし、パートナー見つからなかったらそれはそれで好きな友達と一緒に過ごす時間が沢山あったら良いよね、というもの。

 

結婚するしないとかどうでもよくて、絶対しないとか絶対したいとかもなくて、そもそも結婚ってものに人生振り回される必要がないと思うのです。

 

あんなの紙っぺらの契約書なんて無くたって、本物の愛は本物じゃないですか。誰かお役所に認めてもらわないと証明出来ないの?

(ニュージーランドでは結婚してなくてもパートナーは緊急連絡先にも登録できるし、家族として認められます。)

 

性別も関係ないし、恋愛関係だろうが、友人関係だろうが、苗字が異なろうが、お互いのこと信頼して頼りにしていて大変な時期に気遣うような大切な関係なのは変わらないでしょ。

 

結婚、しなくてもよくない?一緒にいれたらそれだけで良くない?苗字同じなのに心がバラバラな家族やカップルたくさんいるじゃない。

 

自分が必要な時に必要なだけ頼れる、相手も必要な時に助けを求められる、そんなちょうど良い距離感の人間関係が築けたら素敵だなあと思っています。

 

子供はいてもいいし、いなくてもいい。子供がいないと幸せになれないわけでもない。子供がいないならいないなりの幸せの形があると思う。そこも縛られる必要もないかな。

 

私の理想はですね、仲良しの友達(男女関係なく)5人くらいで家一件買って、犬でも飼いながら必要な時には助け合って、自分ひとりでいたい時はひとりでいて、という都合の良い関係を謳歌できる生活。

 

仕事

楽しい時期。体力的にも頑張れちゃうし、頑張ったらちゃんと形になるし。たぶん宝くじ当ててもう働く必要なくなっても仕事続けると思う。今の私が私でいられる理由は仕事にある。

 

過去の記事読んでも分かるように、私の中でとても大事な時間ではあるのだけど、このコロナ騒動を機に「仕事ばっかりやってたら失うものもあるな」と気づくことができました。

気づいたというか、見ないようにしていたものを見ざるを得なくなった。これはコロナで起きた事の中でも良い事でした。

このまま没頭してたらあっという間に50歳60歳になっちゃうのも分かる気がします。

 

今後は、仕事の質は向上させつつ、自分のために時間を割く方法を考えていきたいんです。エネルギーの方向や量を変えずに、もっとうまくやりくりできるんじゃないかなと。プライベートを犠牲にすることなく仕事に没頭できる環境、作れるはずなんですよね。

 

友人

ニュージーランドでも信頼できる人が出来てきた。

丸3年いてまだそんなこと言ってるのって感じなのですが。実は内向的なのです、私。

 

相変わらず友達は少ないのだけど、何かあった時に「ねぇ聞いてよー!」って気軽に相手の邪魔をできる人がいます。日本にもいるんですけど、ニュージーランドにいるというのは、またこれはこれで嬉しいです。安心します。

 

これからもう少し広めていきたいプライベートでの人脈。学生の時とも違う、20代後半ならではの人脈ですね。また30超えたら人脈も変わっていくのでしょう。

 

暇な時に「ただ話したかったから連絡した〜」なんてのも、仕事バリバリしてると結局返事が止まってしまうのでしてなかったんですよね。このコロナを機に日本の友達にも沢山連絡しています。ほんと、一度私をストップしてくれてありがとう。

 

お金

お金って人を幸せにできないんだな、と感じるこの頃です。

 

自分の力でのし上がり成功している人たちを見ていると、いつも時間を気にしていたり、何をするにも体裁を気にしていたり、なんだかよく疲れている。そのガッツを尊敬しつつも私は、そんなストレスを抱えて生きて大丈夫だろうか、と心配になる。

 

プライドで固めたガラスのようなハートを持っていたり、自分のことで精一杯で人のことなんて気にしていなかったりする人もいました。そういう人たちとデートしても結局私が傷つけられてしまうばかりで、なんだか「本当にあなたはそれで幸せなの?」と感じることが多かった。

 

一方で、そこまで裕福じゃない人たちと話すと、なんだかよく笑っている。

たぶんお金の面で我慢することもあるだろうし不安もあるだろうけど、お金で補えない何かを持っているように見えます。家族や友人との時間を大切にできている。

 

大切なものはなんだろうか。

 

私はというと、チマチマ貯金して増えていく口座を見ながら「いつになったら私は満足するのだろうか」なんて考えています。

 

このお金を貯めるために犠牲にしてきたことはなんだろうか。

 

たまにそんなことを振り返らないと人間らしい温かさなんてあっという間に消えてしまうんじゃないかと、デートに行って渋い思い出を作った彼らを思い出しながら思うのです。

 

でもお金がないと保険も買えないし車も買えないし子供も育てられないし家も買えないし大好きな人に何かをあげることすらできないのです。

 

ジレンマ。

くそう、と思っては宝くじを買いに行っています。

 

将来

この3年でかなり価値観が変わってきています。

ニュージーランドに来た頃は、当時のヒゲ彼氏と結婚して、28くらいまでにはきっと子供の話とかしてると思っていた。

 

色々な人に会い、経験に投資して、世界を見ていくうちに、きっと今後も私の価値観は目まぐるしく変わっていくのだと思います。

 

なので、今この状態で何かを定めてしまうのは、制限を設けてしまうことにつながるんじゃないかなと感じています。

 

今全部決めて目標を定める代わりに、ゆるく方向性だけ決めています。

行く方角だけ知っている。あとは地図を書きながら進んでいる。途中で方向転換も全然する。休憩もする。

 

目先のことに気をとらわれすぎていて、将来どころではないような気もします。今は目まぐるしく変わっていく自分の生活をじっと見ていたいし、壊れていく自分の固定観念を壊れるところまで壊していきたい。壊し切ったところでまた新しく将来のこと考えながらお城を建てていくたいなと思います。

 

 

まとめ

高校生のころは、28歳になったらもっと色々と人生も定まっているんだと思っていました。

そう願っていたところもあったんだろうなあ。

 

でも実際にそこまで来てみたら、ここで安定なんてしていたくないし、変化を常に探しています。周りに「そろそろ結婚は?」「子供は?」「仕事はそれでいいの?」とか口出ししてくる人がいないし、言われても跳ね除けられちゃう位の自信を持って自分が今やりたいことをやりたいようにできていると思えています。

 

28歳、青春を謳歌しております。