生粋の体育会女子がニュージーランドに住む話

生粋の体育会系女子がニュージーランドに住む話

フィットネスの専門家が、ひたすら健康と全然関係ない人生話をするブログ。

生粋の体育会系女子が

ニュージーランドに住む話

〜どうせ国際恋愛とかもしちゃってんでしょ〜

コロナと10年前の私の話

広告

こんにちは、ニュージーランドでパーソナルトレーナーをしているmikikoです。

ロックダウンが終わったニュージーランド、日常が少しずる戻ってきました。

 

今日は、制限のかかったこの2ヶ月に私が考えていたことの一部をまとめてみたいと思います。

▼高校生の私のスランプ

ロックダウン騒動の中、私は高校生のころの自分を思い出していました。

 
高校生のころの私は、テニスのために生きていました。
本当に部活命の生活だった。
 
部活ばかり優先していて当時の彼氏にも愛想疲れてしまったし、何かチームのためにやれることが閃けば塾も休んでミスドでノートにアイデアを殴り書きしていた。
 
母に「今日ごめん、塾休む!部活のことでどうしても今日やりたいことがあるの。」と電話をした。止めなかった母には感謝しています。
今となっては、あの休んだ授業、1回いくら分だったんだろうとか考えてしまう。
 
全てをなげうっても全然辛くもなくて、むしろ楽しくて、没頭していた。没頭させてもらえる環境にいました。
 
そんな2年の終わり、私にスランプがやってきました。
試合でラケットが握れなくなった。飛んできたボールを打てば場外ホームラン。試合の時だけそうなる。
引退までに結果を出さないといけないというプレッシャーからくるスランプだった。
 
そんな状態が2ヶ月ほど続いた。それでも私を信じてレギュラーに留めてくれていた監督には頭が上がらない。あそこで外されていたら私は崩れ落ちていたと思う。レギュラーの席を狙っていたチームメイトには見せる顔がないなと思っていた。練習にも出にくいと感じていた。
 
3年の夏には引退が見えていた時期。
 
「これだけテニスに時間もかけて、努力もたくさんしたのに、こんな形で全て終わったらどうしよう。」
「おまけに受験までうまくいかなかったら、私はなんの為にこれまでやってきたんだろう。」
「私には何も残らない。」

f:id:fitfitnzlife:20200522170054p:plain

 
当時の私の頭の名はそんなネガティブな思考サイクルが止まらなくて、誰にも吐けない弱音を心の中で積み重ねていました。
 
そんなある日、耐えきれなくなって当時の男子バスケ部の先生の前で大泣きした。
 
「何も残らなかったらどうしよう」って、部活も何も関係のない、遠くから私のことを見守ってくれてた人にすがった。
 

▼リスクマネジメント

全力をかけてきたものが形にならないまま終わるという最悪のケースの不安から、高校で「何か形に残るものをやった」と思いたくて、体育祭でクラスをまとめるチームに入った。
 
ケツの青い私なりのリスクマネジメントだった。
プランBとして、何かやりはじめないと思ってた。
受験で滑り止めを受けるように。

f:id:fitfitnzlife:20200522170635p:plain

 
そんな受け身の姿勢で入ったもんだから、たぶんチームの人には迷惑をかけてしまっていたと思う。今でもあまり考えたくないくらい、申し訳なくなる。でも当時の私にはそれが精一杯だった。
 
結局、そのプランBがあることで肩の荷はおりて、私はスランプを抜け出すことができた。
試合にも復活した。最後の試合は満足いくものではなかったけど、多少の功績も残り、受験も第一志望に合格して、なんらかの形の残る高校生活にはなった。
 
だけど、私の中であの「もしだめだったら」と他のことに中途半端に手を伸ばしたことは苦い思い出として残っている。
 
もっと器用に色々と両立されながらやれたんじゃないか、と思ってる。
 

▼10年経って見た光景

コロナが世界を一転したあの数週間、環境は劇的に変わりました。
 
「一週間で仕事が半分以下になった」という人がいたり、「ストレスで耐えきれなくて昨日4000kcal分もお菓子食べちゃった」とか言っている人がいたり、「仕事全部キャンセルになって解雇同然になった」という人がいたり。
 
暗い雰囲気がオークランドの街全体にも漂っていました。
 
普段仕事に精を出している人たち。
汗水垂らして築いてきたものが音を立てて崩れていく。
色々なものを犠牲にしてまで作り上げてきたものが、一瞬のうちに煙のように消えていってしまう。
なんとか工夫してしっぽを掴んでいないと、指の隙間からスルスルと抜け出てしまうような感じだった。
 
犠牲にしてきたものが多い人ほど、この崩れるスピードの速さに耐えきれていない様子だった。
 
多くの人がどこかで泣いていた。
 

▼結局どれが正解なのか

「何も残らなかったらどうしよう」
 
そんな絶望する人々を見ていながら、私はあの日バスケ部の先生の前で泣いていた自分を思い出しました。
 
当時の私は、どうするのが正解だったのか。
 
今の私は、あの経験から何も学んでない気がする。
 
1つのことに全力を尽くせば、リスクの不安で心は押し潰される。
何か1つ間違った時に軌道修正はできない。
命を注いで作ったものが崩れていく怖さは計り知れない。
 
かといってプランBがあると、注げるエネルギーには限度があるので何かが中途半端になる。プランAが中途半端になれば本末転倒。滑り止め対策をしすぎて第一志望に落ちる受験生と同じ。
 
どちらをとってもベストな選択ではない世界で生きていませんか、私たち。

f:id:fitfitnzlife:20200522171825p:plain

 
人生でひとりがやれることは限られているじゃないですか。
全部はできない。
 
リスクを背負って全力でエネルギーを注がないと人との差はつけられない。でもリスクが大きすぎて不安も大きい。高校生の私はその不安には耐えられなかった。
 
コロナの騒動を見ていると、不器用なのは当時の私だけじゃなかったんだと思う。
 
正解はなんなんだろう。