生粋の体育会女子がニュージーランドに住む話

生粋の体育会系女子がニュージーランドに住む話

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生粋の体育会系女子が

ニュージーランドに住む話

〜どうせ国際恋愛とかもしちゃってんでしょ〜

黒人差別反対運動に参加できていない私

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こんにちは、ニュージーランドでパーソナルトレーナーをしているmikikoです。

 

今日は、今起こっているBlack Lives Matter(黒人の命にも意味がある)運動について。

私はなんの立場を取ることもできていません。考えがまとまらず、意見することもできず、結果としてSilent Majority (物言わぬ多数派)になってしまっている。でも意見がないわけではないんです。

 

どちらの立場をとることも行動に移すこともできてないけど、私の考えを聞いてください。

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▼困惑している

私のSNSのフィードも友人たちのBLM投稿で埋め尽くされています。黒人も白人もアジア人もその他の人種も、みんなが黒人差別のことについて話している。でも私はこのムーブメントに参加できずにいます。

 

ただ困惑している。

 

また、アジア人と白人の20〜30代の女友達10人ほどと意見交換をする機会がありました。

あなたも怒ってるよね!?という意見を期待されてるのですが、私は怒ることもできていない。

 

▼ニュージーランドの人種差別

 以前にも記事に書いたのですけど、多文化共存がうまくいっているニュージーランドにも人種差別はあります。

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2019年にクライストチャーチのムスリム集団射殺事件の際は、この記事がきっかけで報道機関から取材を求められたこともありました。

 

この事件が起きた時、多くの人が「こんなことが起こるのは本来のニュージーランドじゃない!」という意味でThis Is Not Us!がスローガンになったんです。

 

私はこの時も困惑していた。

 

ニュージーランドにも人種差別はあるのに、この人たちはそれをなかったことにしてる。見えてないフリしてる。なにがThis is not usだ、インド人や中国人のことを嘲笑したり、アジア人のことをからかったり、ニュージーランド出身のアジア人に「国に帰れ」なんて言うの、日常茶飯事じゃないか。

 

だからこの運動にも私は参加できなかった。

 

▼サポートする人種を選ぶのか

コロナが中国の外に出始めた1月ごろ、ヨーロッパではHey corona!とか言われて暴力を奮われたり嫌がらせを受ける事件が多発しました。

 

そのころニュージーランドでも、攻撃的な行動さえほとんど聞かなかったけど、中華料理レストランに行く人が減ったり、アジア人が歩いていると距離を置かれたりし始めていました。

 

人種関係なくコロナ感染が広がるまでの1ヶ月ほどは、私も差別的な態度をとられることがあるだろうと覚悟しなかればなりませんでした。肩身は狭かった。

 

だから、今回BLMの為に立ち上がってる人たちを見て、「ねえ、コロナの時中華料理レストラン行くのやめてなかった?」「クライストチャーチの事件の後、ムスリムの為にも立ち上がった?」「サポートする人種を選んでない?」と私は困惑してしまうのです。

 

そのことをインスタのストーリーにあげたんです。そしたら色々な立場の人から意見をもらえました。

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そのうちの1つがとても印象的でした。

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要約すると、

「黒人は500年以上もの奴隷時代の苦しみが今も続いているから社会は黒人の為に声をあげるのが優先してる。だからといって他の人種をほったらかしにしていいという訳ではないけど。」

 

それに対して私は「優先順位を付けなきゃいけないのは当然なんだけど、アジア人に差別的言動をする人たちがBLMに対して声をあげるのは、優先順位をつけているんじゃなくて、人種を選んでいるよね。」というような内容で返してます。

 

意見交換に答えはないのですが、こうやって話して意見を教えてくれる人がいるのは大変ありがたいです。

  

▼All Lives Matterにも賛同はしていない

誰かが怪我をしているのを見て、「ねえ私も前に怪我したとき痛かったの!見て見て!」って言ってるのではありません。

 

All Lives Matter(全ての人の命に意味がある)はその典型だと思っていて「あんただけじゃないんだ、私も大変なことあるんだ」っていうのは、目の前で血を流している人に対して言う言葉ではないと思います。

 

特に、私たちは理由もなく警官に殺されたり、強盗や殺人犯だと疑われる心配もほとんどありません。そういう意味ではまだ恵まれてる。生まれた時からすでに恵まれている立場に置かれているんです。

 

もちろんAll Lives Matterだけど、それは今言うことではない。

そしたら私は今、なんと言ったらいいだろうか。

 

▼肌色の話

みんな平等だと主張するのであれば、そもそも肌の色を話す必要が出てくること自体が間違っているんです。肌の色はアイデンティティーであってカテゴリーではない。上下関係も優劣も示さない。

 

私は「黒人のそばには近寄っちゃだめ」「中国人はあいつらほんと馬鹿なんだ」という言葉が使われる環境で育ちました。「そういうことやるのめっちゃチャイナだね」という友人の言葉もよく聞きます。

 

なぜカテゴリーでまとめなけれないけないのか。人を個人として見れないのか。

 

そうやってカテゴリー分けしてる時点で、自分をその人たちより上に置こうとしてるじゃないですか。人を選んで分けるなんて、恵まれた立場の人ができることでしょう。

 

だから、何色の何人がどうのこうの、というムーブメントに私は参加する前に考えてしまう。

 

▼声をあげないのは賛同してるのと同じ

参加してないけど、サポートしたくない訳じゃない。

考えてる。私の立場で何か言えることはないか。何かやれることはないか。今までの行動と矛盾するようなことはないか。

結果、黙ってしまっている。

 

それだけで気持ちは疲弊しているのに、追い討ちをかけるように

Silence is complicity.
沈黙しているのは共犯してるのと同じだ。

 

というごもっともな意見もある。

 

待って欲しい。私の考えがまとまって形になるまで待って欲しい。私にはすぐ形にできるほどの力量がない。

 

Being silent doesn't mean I have nothing to say.
沈黙してるからって言うことがないって訳じゃない。