こんにちは、ニュージーランドでパーソナルトレーナーをしているmikikoです。
先日のツイートとブログが嵐を呼びました。
ニュージーランドで育った人たちに「黒人差別どう思う?」って聞かれたので
— mikiko🇳🇿NZのトレーナー (@mkkoMIX) 2020年6月2日
「Black lives matterなのは本当に大賛成なんだけど、コロナが出回った時にアジア人のためにこんなに立ち向かう人たちいなかったから私は困惑してる」って言ったらハッとしていた。アジア人差別は軽視されやすくないですか。
2日で500万人を超える人の元に届いたようで、「ニュージーランドの総人口より多いんですけど...。」と改めてソーシャルメディアの拡散力を思い知らされています。
「こんな難しいトピックを実名顔出し職業出しで語った私、偉いよ...」と小さく自分の肩をポンポンしながらたくさんの意見に目を通しているうちに、自分でモヤモヤしていた部分がクリアになってきたので、私なりの考えを聞いてください。
▼意見が割れた
何千何万の人からの意見が目に入ってくる環境にいさせてもらえた経験は、なかなか貴重でした。
「ほんとそれなんだよ」と共感する人。
「私も同じことをぼんやり思ってたけど言葉にしてくれてありがとう」と感謝を伝えてくれる人。
「黒人差別とアジア人差別を比べるなんて!!」と怒る人。
私の勉強不足を指摘するだけの人。(じゃあ教えてくれや)
自分のアジア人差別体験をシェアする人。
万人に好かれようとも思っていないし、万人に賛成してもらおうとも思ってないので、特に怒っている人を説得するとかもしなかったのですが、なんで「そうだそうだ」と言う人と「比較するなんてなんと無知な!」とこんなに意見が割れるんだろうか、と考えていました。
最初は、黒人差別とアジア人差別の比較をすることに怒る人意見を見ると、心のモヤモヤが大きくなって直視できなかった。自分と異なる人の意見を受け入れるのにはエネルギーがいります。
相手は正しいことを言ってるんだけど、私が間違ったことを言ってるとも思えない。
私の発言が見当違いでもないことは、共感している人の人数から見ても明らかでした。
そもそも、私だって考える脳味噌がある人間なので、怒らなくても普通に伝えてくれれば分かるんですよ。ブツブツ。間違ってるならシンプルに間違ってるよって教えてよ。ブツブツ。異文化や歴史の専門家ではないしアメリカにも住んでないことはプロフィールからも明らかでしょ。ブツブツ。
たぶんケツの青い反抗期だったらそれで終わっていたのですが、28歳の私はそうやって少しやさぐれつつも「こんな人なんかに怒って物を伝えてしまうそのエネルギー。発言者の裏には何かあるんじゃないか。」とも考えていたのです。
▼別の話をしていたんだ
よーく観察してみると、怒っている人たちの多くのは、アメリカの歴史や文化に詳しい人たちや、アメリカに住んでいる人たち。
アメリカの外に住んでいる人たちの多くは私の発言に共感していました。
そこで私は気付いた。
きっと私たちは同じことについて話をしていない。
Black Lives Matterのムーブベントの主体はアメリカで起きています。警察官に理由もなしに殺されたり、逮捕されたり、命の危険にさらされている黒人のために人々は立ち上がっています。いま渦中にあるアメリカに住んでいる人は、BLMと言ったらまさにあの国で起きていることに対して話をしています。
一方、私のように渦の外でBLMを見ている人たちの多くは、BLMのことを話していながら、アメリカのことを話していない。実体験や身の回りの人のことを考えながら発言しています。もっと一般的な黒人差別とBLMと混同しているようです。
現に私も、ニュージーランドに住んでて見たことや、ニュージーランド人と話をしことを元に発言をしています。BLMって言っておきながら、もっと大きな括りで差別問題のことを話していた。これは自分でも気付かなかった。BLMじゃなくて黒人差別って言うべきだったんだと思う。
だから私は「そんなことアメリカで言ったら大批判受けるよ」とか「アメリカの歴史もっと勉強すれば」とか「よく黒人の奴隷制度とアジア人の嫌がらせを比べられるね」みたいな正しい発言にも「私の趣旨と違うんですけども...。」とモヤモヤしていたのです。
アメリカの中のことなのか、外のことなのか。
BLMのことなのか、黒人差別全般のことなのか。
この差は大きい。
私には差別に関して世界をひとくくりにして話せるほどの知識はありませんが、この大事な部分がズレたまま話が進んでしまう原因は
- アメリカの外では、黒人差別があれほどの規模や頻度や程度で起きていないこと
- 地域によってはアジア人差別や別人種の差別の方が黒人差別より深刻なこと
- そもそも寿司(スシ・sushi)ですら住んでる国によって認識が違うんだから、同じ話題でも認識が異なること
ではないのかなあと、そんな仮説を立てています。
とにかく、私の中でアメリカが舞台のBLMとアメリカの外が舞台のBLM(=一般的な黒人差別)で事情が異なる、ということで納得しました。
そしたらね、自分がどんな立場を取ったらいいか分かったんです。
あれだけ悩んでモヤモヤしていたこと、晴れていきました。最善策かは分からない。でも私にはこの答えしか出せなかった。
▼モヤモヤの正体
私がニュージーランドのBLMマーチや友人たちの真っ黒投稿を見てモヤモヤしていたのは何か一貫性のないような、解決にもつながっていないような行動が原因でした。
確かに今多くの人が無慈悲に殺されているのはアメリカでの差別です。それに立ち上がるのは間違っていない。
でも、地球の反対側からマーチに参加して真っ黒な投稿して、誰が助かるのだろうか。
私が実際にアメリカで黒人の立場にいたら、本当に必要なのは、逃げ出した時に受け皿になってくれる制度や、国内で生きていく為に必要な金銭面でのサポートや、低所得のサイクルから抜け出せるようになる教育サポートだと思う。
クライストチャーチで集団虐殺があった時も、This is not us!とSNSでサポート姿勢を見せることにどれだけの効果があったのだろうか。
実際に助けになったのは、ビザをサポートしてくれる制度や、援助金や、実際に何か行動で助けてくれた団体なのではないかと思う。
震災が起きて大変な思いをした私たちは、世界中のPray for Japanな投稿を見ても、認知度が広まるだけで直接的な助けにならなかったことを知ってるじゃないか。一番助けになったのは、世界中からの援助金や、被災地の特産品を買い物をしたことだったじゃないか。被災地から逃げてきた人は、受け入れてくれた制度に少し頼ることができたじゃないか。
そうやって逃げてきた人たちを放射能と呼んで差別していた人たち。差別されている人がいるのを知っていて何もしなかった人たち。そんな人たちがBLMをサポートすることに一貫性はない。
そもそも、多くの人が死んでいることに声をあげるのが優先なら、ミャンマーで起きている虐殺や、アフリカで起きている紛争や、中東で起きていることだってもっと以前から優先されるべきことだったんじゃないの?優先順位って、死んだ人の人数で決められるの?
世の中は矛盾だらけだ。
私はあの真っ黒の投稿たちを見て、
- 目の前で起きている差別に対しては特に何もしない。
- むしろUnconcious Bias(自覚のない差別)をしてる。
- 地球の向こう側で起こっている差別に対して、あまり直接的な効果もなく金銭的なサポートもしない方法で声だけ上げて自己満足になっている。
そんな人たちに対してモヤモヤしていたのです。
▼人のことばかり言っちゃってさ
声を上げることに意味がないとは言わない。
でも私は「声上げるだけで何かやった気になるくらいならば、もっと実際に役に立つことに時間とお金を使うべきだ。」と思っていました。
状況を分析していた。
一歩下がって状況を判断してると思っていた。
そこで気付いた。
アジア人差別の方は軽視されやすくないか?とか生意気に発言した私こそ、今まで何もしてこなかったじゃないか。
自分やアジア人が受けた差別にも、ニュージーランドでマオリやポリネシア人が受けている差別にも、日本で在日コリアンや在日中国人が受けている差別にも、アメリカで黒人が受けている差別にも、世界中で起きている女性差別にも、不快に思うだけで何も行動してこなかった。
そうやって色々不快に思ってる自分だって、無意識のうちに差別していたことあるんじゃないだろうか。
矛盾の塊な私。
そんな私がこの記事を書いている。
でもそれを認めて、私は前に進みたい。
これを機に今度こそ何かしたい。
たぶん今これだけモヤモヤしているのに何もしなかったら、今後も何もしない。
このままだときっと、誰か身近な人が差別が原因で殺されてしまうまで他人事だ。
今、できることは何か。
人種差別なんて問題が大きすぎて私一人にはどうしようもできないだろうか。
この世界地図の端っこに住んでいる、歴史にも名前が載ることのない28歳独身女に何ができるか。
寄付だ。
▼サポートできる人をサポートする
有能な専門家たちが集まっても、国連が何十年も扱っていても、国のトップがどれだけ交代してもなくなることのない人種差別。私一人に変えられることではありません。
職業がパーソナルトレーナーである私は自分の専門性を高めることの方が優先なので、仕事の合間に歴史や異文化理解に時間を裂くくらいで手一杯。私みたいに、モヤモヤしてるけど自分の生活が優先な人はたくさんいるはずです。
直接人種差別と最前線で戦うことは現実的には難しいけど、直接戦ってくれる人たちをサポートすることはできる。
人種差別根絶のために動いてくれている団体に寄付することはできる。
私は、アメリカの黒人のように差別のせいで命の危機に晒されるようなこともなく、低所得層が受けられない教育の機会を当たり前のように与えられて、生活に支障が出るような差別に合うこともなく、在日の人たちのように自分のバックグラウンドを隠さなければいけないような立場に置かれたこともありません。
生まれながらにして持っているこの特権、当たり前に思ってはいけない。
ヒーローごっこじゃなくて、本当に形になることに使いたい。
「ソフトバンクの王社長のように莫大な金額を出して援助することはできないにしろ、今の私にできることをやる意義はあるはず」と手に持っているビスケットを見て思う。
このビスケットの代わりに寄付できたんじゃないの?
▼これが無名の私の答えだ
歴史が深く関係する差別問題に私は詳しくない。
アメリカの問題にも詳しくない。
ニュージーランドや日本の問題も直視してない。
寄付する先すら知らない。
これだけ色々言っておいて、何も知らない。
だから私は調べないといけない。
知ってる人から学ばなければいけない。
知識が増えれば、またもっとできることが見つかるはずです。
自分が今まで矛盾したことばかりしていたことも認めて、未来を変えるために寄付と勉強。
今は仕事の合間に人種差別の記事を読んだりしながら勉強しつつ、母国日本と、第二の故郷ニュージーランドと、遠い国アメリカで人種差別根絶に向けて動いている団体を探しています。
それが今の私の答えです。
数学のようにキレイな正解のないこの問題。難しいからこそ私はもっと向き合いたい。この機会を逃したらそれこそ学ぶ機会はなくなる。
— mikiko🇳🇿NZのトレーナー (@mkkoMIX) 2020年6月3日
知識のある方、知識不足の人を怒る代わりに手を差し伸べてくれませんか?
あなた達にはそうやって私にはできないことができる。私や私のような人達はその知識が必要。 pic.twitter.com/AL1x7r8l6C